すうっと私の掌《て》に載せて、自分はそれきり電車に飛び乗ってしまって」
 こういって思い味わうようにしていたのを、自分でもまた想いだして、下らなく繰り返していた。
 そこへそうっと襖《ふすま》を明けてお宮が入って来た。後からも一人若い女がつづいて入った。
「あらッ!」とお宮は、入って来るからちょうど真正面《まとも》にそっち向きに趺座《あぐら》をかいていた柳沢の顔を見て燥《はしゃ》いだように笑いかかった。
 いつもよく例の小豆《あずき》色の矢絣《やがすり》のお召の着物に、濃い藍鼠《あいねずみ》に薄く茶のしっぽうつなぎを織り出したお召の羽織を着てやって来たのだが、今日は藍色の地に細く白い雨絣の銘仙の羽織に、やっぱり銘仙か何かの荒い紫紺がかった綿入れを着ているのが、良い家の小間使か、ちょっとした家の生娘のようで格別あどけなく美しく見えた。そうして私は、柳沢がいつか小間使というものが好きだ。といって、かつて大倉喜八郎の家へ新聞記者で招待せられた時、そこで一人の美しい小間使が眼にとまって、
「僕はあんな女が好きだ」と話していたことを思い出していた。
 白い顔に薄く白粉をして、両頬に少し縦に長い靨
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