《かね》の中から、先だって水道町の丸屋を呼んで新調さした越後結城《えちごゆうき》か何かのそれも羽織と着物と対の、黒地に茶の千筋の厭味っ気のない、りゅうとした着物を着て、大黒さまの頭巾《ずきん》のような三円五十銭もする鳥打帽を冠《かぶ》っている。私はあの銘仙の焦茶色になった野暮の絣を着て出たままだ。
小石川は水道町の場末から九段坂下、須田町《すだちょう》を通って両国橋の方へつづく電車通りにかけて年の暮れに押し迫った人の往来《ゆきき》忙しく、売出しの広告の楽隊が人の出盛る辻々《つじつじ》や勧工場の二階などで騒々しい音を立てていた。私はそんな人の心をもどかしがらすような街《まち》のどよみに耳を塞がれながら、がっかりしたような気持ちになって、柳沢が電車の回数券に二人分|鋏《はさみ》を入れさせているのを見て、何もかも人まかせにして窓枠《まどわく》に頭を凭《もた》していた。
「今日いるか知らん?」
電車を降りると柳沢は先に立って歩きながら小頸《こくび》を傾けて、
「どこへゆこう?」
「さあ、どこでもいいが、その、君の先だって行ったところがよかないか」
私は、これから後々自分が忍んでゆくところ
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