ればあちらでもこちらでも激賞されて、売り出している真最中なので、もう正月の雑誌に出す物など他人《ひと》よりは十日も早く手まわしよくかたづけてしまって、懐中《ふところ》にはまた札の束がふえたと思われて、いなせに刈ったばかりの角がりの頬《ほお》のあたりに肉つきが眼につくほど好くなって、浅黒い顔が艶々《つやつや》と光っている。
私は、何よりもその活《い》き活《い》きとした景気の好い態度《ようす》に蹴落《けおと》されるような心持ちになりながら、おずおずしながら、火鉢《ひばち》の脇《わき》に座って、
「男らしい人よ。私あんな人大好き」と、いった宮の言葉を想《おも》い浮べて、それをまた腹の中で反復《くりかえ》しながら、柳沢の顔と見比べていた。
柳沢は最初《はじめ》から、私が階段《はしごだん》を上って来たのを、じろじろと用心したような眼つきで瞻《みまも》ったきり口一つ利かないでやっぱり黙りつづけていた。私も黙り競《くら》をするような気になって、いつまでも黙っていた。
「どうだ。このごろは蠣殻町にゆくかね?」打って変ったような優しい顔をしてさばけた口を利いた。
「うむ。ゆかない。もう止めだ。つまら
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