ないから。君はどうだね?」
「僕もあんまり行かないが、……その後お宮を見ないかね?」
 柳沢は、日ごろに似ぬどこまでも軽い口の利きようをする。
 私には、何だか両方が互いの腹を探っているような感じがして来た。そうして柳沢との仲でそんな思いをするのが厭でいやでたまらないのだけれど、今度のことは最初から柳沢が私たち二人の中へ横から割り込んで来たのだから仕方がない。
「いや、見やしないさ。あれっきり行かないから……」
 といったが、お宮が、私が来たということを、もし柳沢に話していたら、すぐ尻《しり》が割れてしまう。そんな嘘《うそ》を言って隠し立てをしているこちらの腹の中を見透かされると、柳沢の平生の性質から一層|嵩《かさ》にかかって逆に出られると思ったから、
「……おお、あれから一度ちょっと行ったかナ」
 と、さあらぬようにいった。そうして腹の中では、どこまでも、どこまでも後を追跡していられるようで気持ちが悪かった。
「よく売れると思われて、いつ行って見てもいたことがない」柳沢はやや語声を強めていった。
 じゃあ柳沢はあれからたびたびいって、お宮を掛けているのだナ。と、私は秘《ひそ》かに思っ
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