って気になって仕方がない。私がいっている間だけは安心しているが、見ないでいると、その間は柳沢が行って、ああもしているであろう、こうもしているであろう。と思い疲れていた。
それから柳沢とは、なるたけ顔を合わさぬようにしようと思ってしばらく遠ざかっていたが、またあんまり柳沢に会わないでいると、今日もお宮のところに行っているであろう。いっているに違いない。きっと行っている。と思いめぐらすと、どうしても行っているように思われて、柳沢の様子を見なければ気が済まないで久しぶりに行って見た。
例の片眼の婆さんに、
「旦那《だんな》はいるかね?」と、訊くと、
「ええ、おいでになります」
何だか気に入らぬことでもあると思われて仏頂面《ぶっちょうづら》をしていう。
柳沢が家にいるというので、私はいくらか安心しながら、婆さんがお上んなさいというのを、すぐには上らず、婆さんに案内をさせて、高い階段《はしごだん》を上ってゆくと、柳沢はあの小《ち》さい体格《からだ》に新調の荒い銘仙《めいせん》の茶と黒との伝法《でんぼう》な厚褞袍《あつどてら》を着て、机の前にどっしりと趺座《あぐら》をかいている。書きさえす
前へ
次へ
全100ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング