ですが、それを初日に出したものです。
一〇は「へい御馳走さまで御座います」と言つたが「是はお客様が下さつたんですか」と聞き返へしました。「いえ、これは手前どもので、御祝儀に早速召上つて戴きます」「ぢやまあ今晩限りに致します」と言つたが、一〇は「席亭さん、何がお気に入らねえか知りませんけれど、お客はこんなに来てるし、第一高座から見てゐると随分|満足《うけて》おけへりなすつた。どう言ふわけで今夜限りになさるんです。」と聞くと、席亭は「お師匠さん、金は稼げば幾らでも稼せげますが、長生きはしたいもんですからね」と言つた。それは席亭が一〇の芸を聞いてゐて、所謂芸の臭いのに堪りかねて断つた次第です。昔の席亭にはそれ程の見識がありました。果せるかな、一時は江戸の寄席といふ寄席を大凡歩いて人気のあつた一〇が、二の替り三の替りとなると、段々臭いのでお客が聴かなくなり、とう/\上州へ逃げかへつたといふ話があります。どうも本場で叩き上げた芸と、所謂場違ひの芸とでは大した差があるやうで、今でもどうかすると一時ワツと騒はがれる者が出て来るが、それは一しきりで永続きがしません。また明治の中頃には、橘屋円太郎とい
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