ふ噺家があつて、高座で喇叭を吹き音曲をやつて、円太郎馬車と言はれる位にまで人に知られました。その次にヘラ/\坊万橘と言ふのが現はれ、赤い手拭を被つて片肌脱いで朱の長襦袢を出し、ヘラ/\ヘイのハラ/\ハとか言ふ様なことを言つて一時は随分客を取つたものですが、中々続かず直きに廃れてしまひました。
名人三遊亭円朝も、晩年にさう言ふ連中が蔓こつて出て来たので寄席をやめてしまひ、お客様の処へ行つて、「実にどうも私共の弟子にも孫筋にも色々な面白い芸人が出来ましてね、とても私共の話などはお客様に聴いて戴けませんよ」と言つたと言ふことです。自分も円朝師匠ではありませんが、今止めてつくづく思ひ当りました。
底本:「日本の名随筆 別巻29 落語」作品社
1993(平成5)年7月25日第1刷発行
1995(平成7)年3月30日第2刷発行
底本の親本:「改造」
1934(昭和9)年5月号
入力:加藤恭子
校正:菅野朋子
2000年11月20日公開
2006年1月3日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr
前へ
次へ
全19ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
談洲楼 燕枝 二代 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング