のか。僕の妻は今働いてゐるが、そして彼女と三人の子供を養つてゐるが、僕もそれには最初力添へをしたのだが、彼女の計劃がうまく行きはじめると、不可解なことに、僕は云ひやうなく不快になつて、彼女の仕事をぶちこはしたくなつたのである。彼女の仕事だけではない、あらゆる都合のよい、順序よくすゝむ仕事、そんなものは僕には何かしら耐へがたいことのやうに思はれた。何とでも解釋するがいゝ、これは事實僕の中に起つたことなのだ。たゞ、彼女をして赴かしめよ。僕は僕だ。
 島へ出發する二三日前、僕は妻とは別の今一人の女に會ひに行つた。會ひに行つたのではない。單にそこへ行けば、彼女に會へることがわかつてゐたのだ。僕にはそこへ行く用があつた。旅費を借りに。僕はこの四年間その女に會はず、その女に會ひさうな機會は一切避け、その女の名を口にせずに過した。その女の名を聞くことは苦痛であつた。それでも僕は人づてに彼女が結婚し、子供を産んだことを聞いた。それは會はうとしなくなつてから二年めであつた。その前にもその後にも、僕は彼女の眼にふれ、僕もまた彼女を見、その聲を聞くことをどんなに切望したことだらう。だが、僕は行かなかつた。何
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