かしら、僕に行くことを拒ませた。彼女と會ふことの不幸を、僕は四年前に考へ拔いたのだ。彼女が結婚したと聞いてからはなほさら、この決心は強まつた。あゝ、どんなに行きたかつただらう。どんなにしばしば彼女のことを考へたことだらう。どんなに彼女が僕の日常の時々に、僕の空想の中に現はれたことだらう。それがどういふものかよく知らない。彼女を空想することは僕の生活の少からぬ部分であつた。彼女を考へることによつて、どんなに僕の心はかきたてられたことだらう。だが、僕はそのときになつて彼女に會ふことを恐れなくなつた。何が僕の中で起きたのかは知らない。これまでどんなに會ふことを望み、又恐れたことだらう。會へばかならずや、僕は僕であり得ず、彼女をもかき亂しはしまいかと恐れた。あゝ、彼女はそつとして置かなくてはいけない。僕は彼女の生活の埒外《らちぐわい》にゐなければならぬ人間だ。
 だのに、僕は今それらの意味の脱落してゐるのを感じた。僕は躊躇することなく、何も考へることなく行つた。僕は何も期待しなかつた。僕に妻子があるやうに、彼女には今夫と子があるのだ。僕は誓つて云ふが何ごとも期待せず、何も恐れなかつた。今さら何
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