が起りうるといふのか。それに、何が起つたつて、彼女に動搖が起り、彼女の夫に苦痛を與へたつて、それが何だらう。彼女の夫には、僕は何度か會つてゐた。ずつと以前から、彼は僕の知己の一人であつた。僕は或るとき、彼と永いこと話しこんだことがある。それは或る影響を與へた。彼は何もかも知つてゐる。そして、僕の今もつて彼女に會へさうな機會を一切さけてゐる理由も知つてゐる。彼は或る種の男だ。僕は彼の或る所が好きだ。又、彼には僕を苛立《いらだた》しめる何かがある。僕には、僕をも含むそれら一切の中に何となく滑稽なもののあるのを感じてゐた。僕はそれを嘲つてやりたい氣持を持つた。
彼女は僕の來たことに氣づいて、しばらく隱れてゐた。少くとも出ては來ようとしなかつた。彼女の夫が先きに聲をかけた。それが許しででもあるかのやうに、彼女は晴れやかなよく透る聲で僕に挨拶した。
「今日は」と僕は挨拶した。聲のする方に向つて。彼女は僕にお茶をのみに來い、と女中を呼びによこした。僕は彼女と夫との家に行つて、縁側に腰をかけた。僕は彼女の方をまともに見ることができなかつた。彼女の夫は僕を見、それから彼女を見た、ぶしつけに。彼は僕と
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