度か起つた。僕はいろんな恐いことを、夢の中で、永い永い半睡の中で見た。その頃、僕の一家は借金で暮してゐた。妻は自分で働くことを考へついて、朝早く出かけて、夜になつて歸る。僕は自分の部屋から出なかつた。といふより、出られなかつた。ひるも夜も床の上に横はつてゐた。そして、ひるも夜も目ざめてゐた。夜は早くて、ひる間は永かつた。だが、そんな區別が果して僕に何を意味したことだらう。僕は二六時中眠れなかつた。子供は僕のところへよりつかなかつた。そして殆んど聲をたてずに一人で遊んでゐた。僕は自分の無力を感じ、絶望を感じて、一人で聲をたてて泣いた。僕には時間といふものがわからなくなつたり、それが大きい音をたてて流れるのを感じたりした。身體の中にはいつも大きな眞暗な穴が開いてゐた。今まで僕の心を占めてゐたもの、確實であつたもの、望んでゐたもの、それらの悉《ことごと》くが消えて、輪郭がぼやけて、後には何の代るものがなかつた。
 無意味な、曖昧な、信ぜられないものばかりが殘つた。――僕はそれらのことを書くのに困惑を感ずる。正當な、滿足すべき言葉がないのだ。そして又、それらの僕の周圍に起つたこと、僕の中に起つ
前へ 次へ
全25ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング