いが、飮まなくてはいけない。飮むよりほかはない。僕は嫌だつた。身體がつぶれるほど嫌だつた。だが、嫌といふことは許されない。彼女は前のまゝの形で待つてゐる。身動きもしない。そのいやな眼。なんて憎い眼だらうと思つた。だが、僕にはもう憎むことは許されてゐないのだ、といふ氣がした。彼女はもう死んでゐるのだ。僕は、彼女と同じく死んでいつた子供のことを考へた。たまらない、叫んでも叫びきれないほど悲しい。その上に、僕もまた死ぬのだといふ苦痛が、重たい、重たい、家がくづれかゝつたやうに僕を壓しつけた。それは永い、とても永い時間だつた。――そして、僕は目がさめた。ああ、子供は殺さなかつた。よかつた、よかつた、と思つた。それから、妻も殺したのではなかつた、よかつた、よかつた、と思つた。
 だが、僕はしばらくの間、重苦しい嫌な氣分から脱けることができなかつた。勿論、これはこれつきりのもの、一時的のものだ。だが、それは僕の理性が云ふことで、別のところでは、僕はそれが一時的のものだとは決して信用できない。安心できないのである。この二年間の病氣の結果、僕はさういふ風になつてしまつた。
 僕にはこれに類することが何
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