名も知れないいろんな小鳥どもが、啼きかはし、椿の密生した間を、仄暗い藪の中をとびまはり、すり拔ける。山の斜面では放牧牛が、ある奴はずつと高手に、他のある奴は下方に、又横に、のろのろと動いて、その黒と白との斑《まだら》な胴體が鮮《あざや》かな目のさめるやうな印象を與へる。だから、どんなに遠くにゐる牛でも、林の中にぢつと蹲《うづくま》つてゐるのも、すぐに目につく。そしてびつくりするほど大きく見える。
そんな日をみて、僕は神着村から四里ほどはなれた阿古村に移つた。そしたら又風だ。やがて雨が來る。戸を閉めきつたうす暗い部屋で、はげしい物音が四方から押しよせ、ときどき遠い鈍い底唸りのやうな音がどこともなく起つて、それはやがて恐しい壓力で、雨と音を倍加して、雨戸の外、トタン屋根の上にのしかゝつて來る。何を考へようにも、何をしようとしても無駄だ。身體の隅々まで物音がはいりこんで犇《ひし》めき合ふ。そしてあの鈍い、身ぶるひを感じさせる遠い風の底唸り。それに慣れることは到底いかない。永い永い脅迫。たちまち風向きが變る。と、今度は北側からふきつけ、急に家の土間へ水が流れこんで來る。土間はまるで小さな川だ
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