てゐた。臺所では物音がしてゐたが、誰も出ては來ない。彼はふいにすつと立つて、小屋の外へ出て、そこに置いてあつた小桶の中に手をつゝこんだ。すばやく何かつかむ。そして、小屋へは入らずにそのまはり半分を何氣ないふりでぶらつき歩きながら、手にしたものを口にはふりこむのが、煙拔きのために開けてある窓からよく見えた。又歸つて來た。しやがんで火にあたりながら臺所口に氣をつける。又すつと立つ、桶に手を入れる。前と同じやうにして、小屋を半分※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて歸つて來る。その間、彼は僕には全然注意を拂はなかつた。そのために、彼は少し前に風呂の方をよく見たのだらう。それらの動作は普通の人には見られない素速さと狡猾さをもつてなされた。
 ある午後、僕は海岸を一※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りして、脊を沒する深い藪の中の路を拔けてお宮の裏手へ出たとき、そこらで人の話聲を聞いたやうに思つたが、拜殿の前の石段に立つて境内をすかして見たが誰もゐない。少し行つたとき、僕は誰かが參籠所のうす暗い中につゝ立つてゐるのを見た。昌さんであつた。
「何してるの」と訊くと、彼は例の考へこんだ
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