憂鬱さうな樣子で、
「えゝお詣りしてるんです」と答へた。
 彼は東京の商業學校を卒業間際まで行つたとかで、そのせゐか、彼の口調には學生らしい所が甚だ多く殘つてゐた。
「お詣り?」と僕は訊きかへした。
「えゝ、お籠《こも》りしてるんです」と彼は憂鬱さうに答へた。
 僕はその建物の中をのぞきこんだ。内部は暗くて、板の間で、埃でいつぱいだつた。彼は僕の前につゝ立つたまゝ、一人遊びをのぞきこまれた子供がやるやうに、そのどこを見てゐるかわからないやうな斜視の眼で、警戒するやうに僕をぢつと見返してゐた。
「かへりませんか」と云ふと、彼は
「もつとゐます、さうです」と答へた。
 何か云ふたびに、最後に「さうです」をつけ加へるのが彼の癖であつた。そして、彼は僕を避けるやうに暗い隅へ行つて、板壁に背を凭《よ》りかゝらせてうづくまり、立膝の間に顏ごと押しこんで、何か呟《つぶや》きだした。時々、くすくす笑ふ。もう一度歸へりをうながすと今度は「えゝ、歸ります」といつて立ち上つた。だが、高い板敷から危つかしく下りて五六歩ついて來たかと思ふと、くるりと後がへりをして、「まだゐます、さうです」と云つて、又内部に隱れ
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