減に温まると、そのまゝすぐに出た。
 翌日その白痴を見ることができた。彼は裾の方が一尺ばかり破れてブラブラに下つてゐる、汚れた紺絣《こんがすり》の着物をきて、小屋から出て、忙しさうにせかせかと歩いて、上半身を左右に搖すぶるやうにして、臺所口の方へ、そこから井戸端へと、ふらつき動いた。彼は僕が庭先に立つてゐるのを認め、しばらく眩《まぶ》しげにこちらを眺めたかと思ふと、急に人なつこい微笑をうかべて、お辭儀をした。そして小屋へ入つたが、一寸たつと又出て來て、母屋の日あたりのいゝ縁側のわきにうづくまつて、立膝の上に兩腕をつかへて頬杖をついた。家の人が彼を呼んで、僕に挨拶しろと云ふと、彼は聞えたのか聞えないのか、曖昧な、煩《うる》ささうな表情をして、ぶつぶつ口の中で何か云つてゐたが、やがてひよいと立上ると、僕の前に來てお辭儀をした。彼は三十だといふことだが、年とつたやうな又若いやうな顏をしてゐた。何かしら分裂した二つの表情のやうなものがあつた。頭は身體に比較して大きく、斜視で、どの眼が僕を見てゐるのかわからなかつた。何か云ふとき、極めて眞面目な、物憂い表情をうかべる。彼は又もとのうづくまつた姿勢
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