も、二つの竈からもいぶり出てゐた。土間の一方には板敷があつて、そこには小さな手提ランタンが置いてある。そのうす暗い明かりで、板敷の向うは三疊ほどの疊敷になつてゐること、周圍の板壁は眞黒に煤けて、方々に割れ目ができてゐて、そこから風がふきこみ、煙をうづまかせ、板壁には衣物のやうなものがいくつか掛けられて、疊敷のところには汚い垢じみた寢蒲團が何枚かつまれてあるのを見た。
 風呂の中は恐しくせまかつた。よほどうまく湯の中に身體を入れたつもりでも、胸から上と兩膝とはまる出しであつた。僕は苦心して胴と兩脚をヱビのやうに折り曲げた。そのとき、小屋の隅、蒲團のつまれたあたりで、奇妙な唸り聲がした。すかして見ると、綿のはみ出た蒲團の下で何か動いて、そこには誰かゐるのである。僕はすぐに、その唸り聲の主はこゝの家に預けられてゐると、前以て聞いてゐた白痴だと察することができた。だが僕はまだ見たことはないのだし、こちらは風呂桶の中だし、又相手の姿が見えないのでうす氣味惡くて仕方がなかつた。暗さは暗し、風呂桶のわきには板壁との間に僅か二尺ばかりの空間があるきりで、身體を洗ふ場所とては見つからなかつた。僕はいゝ加
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