りになつてはならない、と自分で自分に言ひ聞かせた。
 それが顔に出たかして、鳥羽は民子を前にしたまゝしばらく苦り切つてゐたが、民子が図にのつて母のことを言ひ出すと、矢庭に厳しい面特になつて
「お前なんかに何が解るか」ときめつけた。
 幾のまはりの者でさへとやかく言つてゐることは民子の耳にもとゞいてゐた。あれまで通して来た家業を止め、一人きりの老母と別居してまで、何を好んで子供の多い格式高い鳥羽家へ入るのか、まるで体《てい》のいゝ女中代りのやうなものではないか、と云ふのである。
 鳥羽の親戚の側ではそれを又特別な見方をしてゐた。それまでにして来る幾の腹の中が解らないと云ふのである。さう明らさまに出しはしなかつたが、あんな女を後に入れるやうでは親類づき合ひは御免|蒙《かうむ》るとまで言つた。
 民子は土井から何度もさう云ふ口吻を洩されたのであるが、それが民子を通じて鳥羽に伝はるだらうと考へてのことであるのは、民子にもよく感じられた。しかし、そのままを父に向つて言ふわけには行かないし、さうかと云つて、義父にどう答へたものだらう、このまゝで行けば自分も土井家からかへされるかも知れないと云ふ気が
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