ましよ、後は私が見てゐますからね」と民子は涙声で言つた。母は頷いたとも見える様子でそのまゝ睡むたげに眼を閉ぢたのであるが、民子は母がやはり自分の言葉に安心したと信じて疑はないのである。
それだけに母の死後半年位たつた頃、それまで何時出るか、と思つてゐた話しが父から持出された時には、民子は無理にもその日のことを思出してみ、心を引きしめたのであつた。幾を後妻に入れると云ふのである。
沁《し》み沁《じ》みと父の話を聞いてみると、やはり父には父の言分があるので、真向から反対はできないと云ふ気もしたのではあるが、一人になると、これでは母に済まないと云ふ感情が無暗《むやみ》に突き上げて来た。それに、父の話しやうも相談と云ふよりは頭からきめてかゝつたところのあるのが思ひかへされると、自分は現在他家に嫁いでゐる身ではあるが、母のゐない後では自分が母の代りのやうなものでもあるのだからもう少しは遠慮と云ふものがあつてもいゝし、又遠慮されてもいゝほど自分は娘ながらに多少は分別のある年になつてゐるのだ、などと考へられもした。さう思へば話しの嫌な部分ばかりが頭に来て、どんなことがあつてもこれだけは父の言ふな
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