けて止めた。
 民子が胸を突かれながらも
「そんな気の弱いことではいけません」となぐさめると、卯女子も傍へ寄つて来て母の顔をのぞいたが、松根は枕の上で顔をそむけた。
 病気が重いと云ふことを誰から聞いたのか、それまで一度も家へは足を入れたことのない幾が見舞にやつて来た時には、卯女子だけが居合せた。幾はそれでも遠慮して姿は見せないで女中の口から見舞に来たとつたへて貰つた。卯女子はどうしていゝか解らないので、そのまゝ通じると母は頷《うなづ》いた。
 卯女子が幾を見たのはその時が始めてなのであつたが、幾は想像してゐたよりもずつと小柄で、白粉気などはなく、おづおづと卯女子に挨拶して病室に通つたのが、まるで噂に聞いた幾とは思へないほどであつた。
 民子は後でそれを知つた時には思はず眉をしかめたが
「多少は悪いと思つてるんでせうよ」と云ひながらも憎めない気がした。
 しかし母がある時ふいに嗄《しはが》れ声で民子に呼びかけ、民子がのぞきこむと母はぢつと民子の眼の中に見入つてゐるだけで何も云はない、その奇妙にはりつめた瞬間を、民子は母が幾のことを言ひたくて口に出せないのだ、と感じとつた。
「安心なさい
前へ 次へ
全52ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング