うがう》の変つた蒔の寝顔を眺め乍ら、これが肉親の祖母であつたらどんな気がするだらうと思つた。すると、突然、悲しさがこみ上げて来た。何か特別な愛情に捲きこまれた感じだつた。
 雪は降らなかつたが風が冷い夜更、誰か玄関で大声に呼び立てるのに眼覚めると、傍には幾も居らず、何事かと出て見ると、玄関の土間に見知らぬ男が蒔を抱きかゝへてゐた。大戸は開いてゐるので、風が吹きこみ、蒔の下半身から水が滴《したゝ》り、紫色に黝《くろず》んだ頬を固く痙攣《ひきつ》つたまゝ速く荒い呼吸をしてゐた。
 幾も軍治も寝こんだ隙に這ひ出て、戸外に迷ひ行き、家の前を流れてゐる下水溝に落ちこんだことが解り、幾は済まぬ、済まぬと何度となく口に出しては詫び乍ら、意識の不明瞭な蒔の身体を撫でさすり、夜通し起きてゐた。
 それから急性肺炎になり、三日目に蒔は死んでしまつた。軍治はその時二階の部屋にゐたのだが、幾も客室の挨拶に出て居り、居間には女中が一人附いてゐた。誰か早く来て下さい、と悚《おび》えたやうな声が響いて、軍治は矢庭に急な板梯子を中途からとび下り、居間の障子を引き開けると、蒔はもう歯のないよぢれた膜のやうな唇を間を置い
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