り、ぜいぜい息の音を立て、時々|蠢《うご》めいた。頭が呆けて、何を言つても解らず、又他人にも聞きとれない囈言《うはごと》を洩らし、突然手を伸して頭のまはりの空気を掻き集めるやうな格好をした。白髪の油に埃がつき、それが蒲団に覗いて乱れ、寝てゐるかと思へば、不意に啜り泣きのやうな迫つた呻《うめ》き声を立てたりした。
便の始末は幾が人手を借りずにしてゐたのだが、蒔はそれだけは解るのか、身をもがいて嫌がつた。一度、軍治は見るに見兼ねて手伝つたが、此方の腕からすり脱けようとして蒔のもがく力の強さは、抱きかゝへてゐて共倒れをしかけた程だつた。時々蒔は匍《は》ひ出ようとすることがあつた。何所へ行く気なのか解らないので、無理にも蒲団の中へ押し入れると、その時はぢつとしてゐるが、暫くすると又動き出すのだつた。誰も傍に居合せなかつた時、蒔は縁側から長廊下の中途まで這つて来てゐた。便が居間から廊下にかけて、かすり附いてゐた。
軍治は蒔の薄汚い立居には以前にも露骨に顔をしかめなどしてゐたのだが、病気になつて以来の蒔の様子には唯驚き眺める許りで不思議に汚いと云ふ感じが起きなかつた。傍にゐて、すつかり相好《さ
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