る感じの低い天井を眺めたりした。
二三日すると、軍治は幾に対《むか》ひ不意に、金を呉れ、と言つた。低い、押しつけるやうでもあれば又|脅《おど》かすやうな声でもあつた。だしぬけに云つたりしてどうする金か、と幾がむつとして訊くと、どうだつていゝ、と軍治は痩せたとも見える頬に刺々《とげとげ》しい嘲《あざけ》りの色を見せた。幾がぶつぶつと言つてゐると、卯女子姉の家へ行つて来るんだ、と投げつけて、軍治は先に仕度を始めた。それでも、出掛けには、あすこは山の中だから空気もよからう、と幾が言ふと、軍治はふりかへつて頷いてみせたりした。
それも十日許り後には舞ひ戻つて来た。今度は自分で女中部屋の掃除をしたりした。滅多に口を利かず、天気がいいと戸外を出歩いてゐたが、黙つて墓参用の水桶を提げて出ることもあつた。
かうなると幾には軍治のことが気になり始めた。卯女子の家へ行つてどんな事を話し合つたのか、と云ふ気もした。今では軍治にある鳥羽家の感じが、幾には苦痛でもあり、重荷であつた。蒔は老いこんで呆けたやうになつてゐるが、それでも身体は確かで、台所へ出て来ては炊事の手伝をしたがつた。それが一々足手まとひで
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