見るとそれが敷蒲団であつたりした。
忙しくて食事の時間が少しも決まつてゐなかつた。朝学校へ行く前など、軍治はよく一人で食膳に向つた。直ぐ傍の台所で、女中達が拭き並べる客膳の音、板場の罵る声、幾が帳場から台所、客室への挨拶などで小速に踏み歩く足音、それらが高く入り乱れ、間断なく響いた。面倒を省く為に、軍治は客と同じ食事を宛《あ》てがつて貰つてゐた。毎日殆ど変りのないもので、終ひには刺身、吸物と云ふやうな食事を見るのも嫌な気がして来た。夜の食事が一番遅れ勝ちであつた。待つてゐてもなかなかなので戸外へ遊びに出ると、近所の友人やその弟達が湯上りらしい照《て》か照《て》か光る鼻をして、のんびりと遊んでゐる中へ這入ると、軍治は自分だけが汚くよごれ、腹の空いた顔をしてゐるやうな気がし、誰にも云へない卑屈な寂しさを味つた。その間にも用意が出来たかどうか見に帰つたが、居間には蒔が視力の薄い眼で自分だけの食残りの皿を出してゐるだけなので、軍治は又何気ない顔で、友達の間に帰つて来たりした。
兄姉達と戯れ笑ひ乍ら明く楽しい灯の下で食卓をかこんだ頃の事が忘れられず、軍治は幾を待つてゐるのだつたが、幾の来る時
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