階の窓に真正面に向きなほつてゐたりした。
其後暫らく会はないでゐたが、矢張り何かと伝へて呉れる人があつて、彼は益々|強慾《がうよく》になり貸金の回収手段の非道《ひど》さは随分泣かされてゐる人間も多く、家作も次々に建てたが、最近手を出した製氷所が失敗して、癲癇《てんかん》になつたのも積悪の報だらう、と云ふ噂を聞いた。F市の大学病院に入つたと云ふ話も耳にしたが、ある時、卯女子、竜一、軍治の三人が何気なく墓地から降りて来ると、行きがけには閉つてゐた二階の障子が開いて、見ちがへる程青ざめた彼が上半身を窓から乗り出し、いきなり叫びかけた。ひどいぢあないか、自分だつてあんた方のお父さんには懇意にして貰つた間柄だ、一度位は挨拶の声をかけてもよいではないか、さう云ふ意味のことを手を振り唇を顫《ふる》はせて、嗄《しはが》れた鋭い声で喚き立てた。姉はさつと顔色を変へて、はあ、とだけ言ふと、軍治を引き立てるやうにして足早に歩き出したが、その時には彼の妻らしい人影が二階に動き、何か揉み合ふと見えて、ピシヤリと障子が閉り、声はなく慌立《あわたゞ》しい物音が起つたのだが、発作《ほつさ》でも起したらしかつた。
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