、皮肉なことに、この男の家があつた。二階家で、墓参の途中一寸頭を廻せば二階の様子などはまるで見透しだつた。墓水を桶に入れて丘の上まで持運ぶのは中々の苦労であつたが、その男の家の井戸は直ぐ眼の先に見え乍ら、どんなことがあつても彼奴の家の水は貰ふな、と兄姉はその度に戒《いまし》め合ひ、あらためて彼の小肥りに肥つた様子を罵つた。その頃からこの男は高利貸を始めたと言ふことであるが、二階の障子は常時閉められてあつた。一度、軍治と卯女子とこの路を降りる時、二階で誰かと対談してゐる彼を見たが、姉は口早に、見てはいけぬ、と、軍治に鋭く言ひ自分も殊更顔を外向《そむ》けた。彼は確かに此方を振り向いたのだが、思ひなしか心持白んだと見える顔を対談者の方に返してぢつくりと自分の身体を下に押し着けてゐる風な肩つきを見せたのである。
 一度は彼の方で此方の挨拶を待つかのやうにぢつと眼を送つてゐたが、さうなると猶のこと軍治達は横を向いたまま通り抜けるのだつた。会ふ時には会ふものと見えて、それからは続け様に二階と墓路との反目を続けたのであるが、彼は上眼で見ては止めたり、又或る時なぞは上手から降りて来る軍治達を迎へて、二
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