うの家へ行つて来ると言つて出かけたのであつた。引渡しの済むまではと云ふので、竜一と昌平の二人は親戚の者と一緒に未だ元の家にゐたのだつた。幾の新しい家の方では器具の整理や部屋部屋の手入などでこれもごたごたしてゐた。
軍治が午過ぎに走りこんで来て、子供らしい頬に息をのみ「お父さんが」と言つた。
気配で、幾はもうびくりとなつてゐたが、
「どう、どうなの」と、軍治の手を捕へて訊いた。そのまま手を引くやうにしながら、下駄をつゝかけて走り出すのと、死んでゐる、と云ふ言葉や場景が頭に入つたのとが一緒であつた。曾《か》つては軍治の母親がやつて来たり、又途中まで送つて行つたりしたことのある河沿ひの小路を、幾と軍治は何が何やら解らずに突走つた。路に小石が沢山出てゐて、下駄をとられさうになつた。子供でも、軍治の方が速い。久留米絣《くるめがすり》の小さい肩を切なく上下させ乍ら、軍治は幾の前を走つていくのである。遅れまい遅れまい、さう思ふのと、無暗《むやみ》にこみ上げて来る荒々しい感情とで、幾は青く捻《ねぢ》れたやうになつて前にのめつた。
成長盛りの年齢の加減もあるだらうが、この頃から軍治の心ははつきり
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