と眼覚めて来た。誰も事の次第を分けて言ひ聞かせて呉れる者はなかつたが、犇《ひし》めきざわめいた世事の縺《もつ》れは、唯その中に一個の小さい身体を置いてゐるだけで、軍治には厳し過ぎる刻印を打ちつけた。
 憎い奴だ、彼奴《あいつ》と彼奴は父の敵だ、と、さう姉や親戚の者達が円座を作つて、顔を歪め唇を捩《よぢ》り曲げて罵り合ふのを、軍治は何度となく眼にし、耳に聞いた。密告した男の顔と、今一人は父の同業者である肥満した男との顔が何時何処で見たと云ふこともないのに軍治の頭にも焼きつけられた。父と銀行との中間に立つて種々|斡旋《あつせん》の労をとつて呉れた父の親友へ宛てた遺書が発表されて、父がその同業者に対して最後迄憤り憎んでたことが明かになつたのであつた。
 父の費消金の中には信用貸でその男に用立てた部分があり、問題が起るとかうなるからは五十歩百歩なのだから父の負担として呉れ、その代り家族救済として後で支払ふ、と、その男が言ひ出し、父が拒絶すると言を左右にし始め、最後には最早支払済だとさへ白を切つた、と言ふ。遺書を読み上げたのは民子の舅《しうと》の土井であつたが、遺児達はそれをかこんで首を垂れ首を
前へ 次へ
全52ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング