く働くな」と言つた。それから
「軍治はどこかへ遊びに行つたのか」と訊いた。
 昌平が、知らない、と答へると父は片手を懐に入れたままゆつくり裏の方へ行つた。
 縊死してゐる父を最初に発見したのは軍治なのである。
 遊び疲れて帰つて来た軍治は、幾から父が元の家へ出掛けたと聞いて後を追つたのだが、泥を手足から顔までくつつけてゐる軍治を見ると、兄も姉もからかひ半分に父は此処には来なかつた、と言つた。真に受けてそのまゝ又遊びにとび出したが、「可憐児」の彼はそれだけに父の姿を求めてゐたので、暫くすると又もや引返して来た。今度は、裏庭だ、と云ふので行つて見たがやはり父は見あたらず、大声をあげて父を呼び、答がないので半ば歌のやうな調子から次第に独語のやうにぶつぶつと父を罵《のゝし》り乍ら、その時分にはもう整理した家具|什器《じふき》の一杯に押し込んであつて誰もは入れないやうになつてゐた離れに、なにか悪戯でもする積りで忍び入り軍治は変り果てた父の姿を眼にしたのである。それからの軍治はもう夢中で、兄が走れば自分も一緒に走り、姉が叫び泣けば軍治も亦ついて大声に泣きだすだけであつた。
 幾は鳥羽がその前夜遅く
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