幾の乳を探つたりするのであつた。
 卯女子の嫁いだ所は町から河沿ひの路を山の懐深く溯《さかのぼ》つた村であつて、父、卯女子、幾と云ふ順序で俥《くるま》がゆるゆると列を作つたのであるが、軍治は父の膝から今度は幾の方へと気紛れに乗り移つて、姉の俥に乗るとは言はなかつた。向うの家へ落ちついても軍治は厚化粧をした卯女子をずつと遠くからでも眺めてゐるかのやうに間を置いて見てゐるだけで傍へは近寄らなかつた。披露の席で軍治は急に姉の傍へ坐ると言ひ出したのであるが、それでも幾が軽くたしなめると温和《おとな》しくその膝に来たのだつた。
 鳥羽は地方銀行の町の支店の支配人だつたので、午《ひる》の弁当を銀行へ持つて行くのが軍治の役目であつた。これが軍治にとつては一番楽しみなのである。銀行にゐる時の父は軍治が行くと一寸頷いて見せるきりで別に相手になつてくれるわけではなかつたが、欲しいと思ふ物があつても幾が承知してくれないとなると、軍治はきまつた様に銀行で父にせがんだのである。さう云ふ軍治を鳥羽は決して叱つたことがなかつた。言へば、黙つて封筒に少しの金を入れて呉れるのである。軍治は欲しい物を買ひ、家へ帰つて、そ
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