ば母の様子も落ちつき過ぎてゐるし、事実無根とすれば何かと耳に伝はることが多かつた。退職官吏で、家名とか、気品とか云ふ言葉を常々口にする舅の土井は、二度とそれを言ひはしなかつたが、時々、鳥羽家の様子を民子に訊き、遠廻しに不機嫌な意向をほのめかした。それが窮屈でもあり、又、父母のことが気になりもして、民子は土井家と鳥羽家との間を行つたり来たりしたが、日が経つにつれ、噂は失張り事実であること、母は何もかも知り抜いてゐて、故意《わざ》と気のつかない風を装つてゐることなどが、朧気《おぼろげ》に少しづつのみこめて来た。
 松根は其の後も民子に対つては一言もそれに触れなかつた。それに押されて此方で黙つてゐると、民子は不意に腹が立つたりした。何時言ひ出さうか、と思つてゐる中に、母が殊更のやうにこの頃幾と親しくし始めたのが眼についた。天気のいゝ日など、行つてみると卯女子がゐるだけで、訊いてみると、母は中村屋へ行つた、と言ふ。そんな事が何度もあつた。今日も行つたのかな、と民子がぼんやり帰らうとしかゝると、裏口から母が帰つて来たのに会つたこともある。出嫌ひな母にしては変でもあるし、身体の弱つて来たことを考へ
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