体を動かせて軍治の世話をするのを見ると、卯女子は仕掛けた仕事を止めても傍へ来て、軍治を自分の手に受取つたりした。それでゐて、するだけの事はてきぱきと片をつけるのだつた。そんな所は若い時分の母に似てゐた。
松根は気を許したとも見える様子で、時々訪ねて呉れる民子を相手に、立働いてゐる卯女子を見やり、これなら私がゐなくとも大丈夫だ、と、笑つたりした。
その民子が或る日、固い顔をしてやつて来た。
父と幾との噂を聞いたのだつた。苦々し気にそれを言つたのは舅《しうと》の土井であつて、幾が中村屋と云ふ料理屋の女主人で、今はその母と二人暮の身であることは民子も知つてゐたが、真逆《まさか》あの父が、と云ふ気がした。誰にたしかめてみると云ふ人もないので母の所に来てみたのだがそれらしい気振《けぶ》りもない母に対《むか》つて、其の事を言ひ出すわけには行かなかつた。別に話すこともなくなつたが、長いこと傍に坐つてゐた。卯女子のところへ行つてみたり、又、母の傍へ来たりした。終ひには、松根の方で、そんなにゆつくり構へこんでゐて土井の方はいゝのか、と言つた位だつた。
その時はそのまゝ帰つて来たが、噂が事実とすれ
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