したこともある。幾もその母に向つては腹を立ててみせたりするのである。しかし、二人が心から言ひ合ひをするのでないとは、卯女子にも見てとれた。
蒔は幾にたしなめられても構はずに卯女子を捕へて、自分がどんなに鳥羽の恩をうけてゐるか又そのためには今までの商売もやめる気になつたのだなどと、いよいよその決心になつたまでの自分と幾との話の模様まで細かく話して聞かせるのだつた。
卯女子は始めの中こそ気恥しくもあり、当惑しながら聞いてゐたが、今ではその話しにも慣れたやうに、やはり下手に出る相手の仕方にも慣れたのであらうか。それとも、今は記憶も薄らぎはじめた母親が、実は頭の底深く沈んでゐて、その生前見聞きしてゐた幾への反感が形を変へて今頃出て来たのであらうか。卯女子は幾の動作の気に入らない部分が眼につくと、露骨に眉をしかめるやうになつたし、又それがあたり前のことになつて来た。
弟達については、もともと母の生前から卯女子が面倒を見てゐたのだから、幾が来ても、別にその点変りはないのだが、それでも弟達の寝床をのべてやつたり、末の軍治を寝かしつけてやつたりする卯女子の様子には、以前とはちがつた何かが加はつて
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