ゐるのだつた。言つてみれば、これだけは誰にも指一本だつて触れさせないと云ふ感じがあつた。それが今では卯女子の様子に底意地の悪い感じを加へて来たが、当の卯女子にしても、幾にしてもそれを普通のことにしてゐるのであつた。
 しかし、幼くてそれだけに敏感な弟達には、眼に触れる姉と幾との感じが頭の中に特別な形を植ゑつけるのである。もう中学校へ上るやうになつた長男の竜一はとにかく、次の昌平と軍治は、姉や父の口真似をして幾を叱りつけることもあつた。
 覚悟はしてゐた積りだつたが、幾も子供達から「小母さん」と呼ばれたときには、流石《さすが》にあまりいゝ気持はしなかつたのである。誰がさう呼ぶやうに教へこんだのか、幾は考えてみようともしなかつたし、又、それも仕方はないことなのだつた。底を割れば鳥羽から離れ難いからではあつたが、いろいろと親身になつて面倒を見てくれた鳥羽に対し、また鳥羽の妻に対し何故かさうしなければならぬ義理と云ふやうなものを感じてゐたのである。それには商売はやつてゐても親子二人ぎりで、別にこれと云ふ縁辺もない心細さは沁々と身にこたへてゐたのだから、いつそのこと鳥羽に頼り切れば又先々の路は開
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