りになつてはならない、と自分で自分に言ひ聞かせた。
 それが顔に出たかして、鳥羽は民子を前にしたまゝしばらく苦り切つてゐたが、民子が図にのつて母のことを言ひ出すと、矢庭に厳しい面特になつて
「お前なんかに何が解るか」ときめつけた。
 幾のまはりの者でさへとやかく言つてゐることは民子の耳にもとゞいてゐた。あれまで通して来た家業を止め、一人きりの老母と別居してまで、何を好んで子供の多い格式高い鳥羽家へ入るのか、まるで体《てい》のいゝ女中代りのやうなものではないか、と云ふのである。
 鳥羽の親戚の側ではそれを又特別な見方をしてゐた。それまでにして来る幾の腹の中が解らないと云ふのである。さう明らさまに出しはしなかつたが、あんな女を後に入れるやうでは親類づき合ひは御免|蒙《かうむ》るとまで言つた。
 民子は土井から何度もさう云ふ口吻を洩されたのであるが、それが民子を通じて鳥羽に伝はるだらうと考へてのことであるのは、民子にもよく感じられた。しかし、そのままを父に向つて言ふわけには行かないし、さうかと云つて、義父にどう答へたものだらう、このまゝで行けば自分も土井家からかへされるかも知れないと云ふ気がした。すると事の次第はともかく、たゞ無暗に悲しくなつて、その場を動けないもののやうに肩を落すと
「お義父《とう》さんに対しても私、顔むけがなりません」と言ひかへした。
 鳥羽はじろりと眼を向けたが、
「それは俺から話す。お前は黙つて居ればそれでいゝ」と言ひ放つたなり部屋を出て行つた。
 民子は後で一人で泣いてゐたが、やがて弟たちの走り近づく足音が聞えると逃げるやうにして部屋を出た。母が永い間病臥して居り、息もそこで引きとつた離れの横を廻ると裏庭なのである。民子はそこの支那風の水盤の傍で、うつそりと立つたまゝ空を見、畑を眺めたりしたが涙は後から後からと溢れ出た。静かな足音が背後できこえ、民子はそれが卯女子だと知つたがぢつと立ちつくしたまゝでゐた。

 曲りなりにも話しは片附いて幾は鳥羽家に入ることになつたのであるが、しかしそれには鳥羽の友人の奔走もあつたのである。
 鳥羽は相変らず無口であつたが、それでも多少は安心したのだらう、暫らく投げやりにしてゐた植木いぢりを始めたりした。もつとも鳥羽のやり方はたゞ裾をはしよつて鋏《はさみ》を持ち、木の間を廻ると云ふだけで、よく子供たちから格好だけだ
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