いかという気がしたので、小わきによけて擦れちがおうとすると、その男はなんだか僕の行く方へ寄ってくる。そのまま二三尺の距離で二人とも立ちどまった。そのとき僕は始めて相手の顔を見た。痩せて尖《とが》った顔で、執拗《しつよう》に僕を小高いところから見下している眼つきには、風狂者によくある嶮《けわ》しさのうちに一脈滑稽じみたところがある。僕が相手の気心をはかりかねて立っていると、その男は立ちはだかったままやはり左右にゆるく揺れていたが、僕を文字どおり上から下までいくらか仕科《しぐさ》めいた様子で眺めて、
「君は誰だ」と、訊いた。
 僕は間《ま》の悪い微笑をした。だが、ある気まぐれが起ったので、
「君は誰だ」と、僕もおうむ返しに訊いた。相手はまたぐらりと揺れて、重ねて、
「君は誰だ」と繰りかえした。
「君が言わなきゃ、僕も言わないよ」
 僕はそう言いながら、自分が冗談でやっているのか、本気なのかわからない気持になった。
「いや、わるかった」と言って、頭をちょっと下げたかと思うと、すぐ、
「誰だ」と訊く。
「誰でもいい」
「何しに来た」
「遊びに来た」
「遊びに?――島へ遊びになんか来られちゃ困る
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