とう断念した。
引き返しにかかると、まともに面《おもて》を打つ風のきついのにびっくりした。でたらめに部落へ向けて秣畑の中を歩く。時々顔を上げてあたりを見ているうち、白い波頭のちらちらしている海のずっと向うに、山の上半分うすく雪を被《かぶ》っている島が眼に入った。それは大島だった。何だかひどく遠い。そして暗灰色の曇り空の中にちょっぴりした鮮かな雪の色は思いがけなく僕の心に錐《きり》のような痛みを感じさせた。ここからいうと、大島もその向うにあっていちような灰色の中にかくれてはいるが、東京のあるあたりは北方だ。あすこには今どんなことが起っているのだろう。あすこには僕の置き去りにしてきた生活がある。いろんなことが一時に胸の中に押し寄せてくる。だが、僕はここに来ている。ここにいる僕は向うに起ることとはいっしょになって生きてはいない、ここは何かしら別物だ。
ちょうど部落の入口に来たとき、そこから路はやや急な坂になっているのだが、上手《かみて》から一人の着物の前をはだけてひき擦《ず》るように着た痩せた男が路いっぱいにふらりふらりと大股に左右に揺れて降りてくるのを見た。咄嗟《とっさ》に気狂いではな
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