」
僕は思わず彼の顔をまじまじと見た。なるほどそうかもしれない。僕はいい加減に「遊びに来た」と答えたが、その男に叱られたように僕の心持なんかただの遊びにすぎないのかもしれぬ。
「いや、君は今度来た水産技師だろう」と、その男はきゅうに叫んだ。
「そうだろう。水産技師だろう」と、いきなり僕の手をつかんで、
「君、たのむ。島のためによろしくたのむ」
と、もうすっかりそれにきめて、人なつこい微笑をうかべた。彼は明らかに酔っていた。
「うん、うん」
「そうか、たのむ。今夜遊びに来たまえ。すぐそこの家だからな」
その男はきゅうにはなれて、ぴょこんとお辞儀をして、ふらつきながらすぐ下手《しもて》の汚い農家の庭へ入って行った。
島の人で最初に僕に強い印象を与えたのはその酔払いであった。またほかに、「リュウさん」という人、「タイメイ」という人などに会った。僕は、島の人で学校時代に僕より二三年先輩で、一二回会ったくらいで顔もうろ覚えになっている檜垣《ひがき》をたよってきたんだが、そして着くなりそのまま檜垣の家に厄介《やっかい》になっていたが、檜垣の家は伊豆七島|屈指《くっし》の海産物問屋で、父親が
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