はいつのまにか脱《ぬ》けもどってくる。民さんは昌さんとちがって、僕を見ると人なつこく寄ってきて、その小さな眼に何だか溶けるような笑いを見せて、いくらか涎《よだれ》を吸い気味にいろんなことを話しかける。晩になると、母屋の方へ遠慮しいしい僕のところへ話に来る。民さんの話や、奥さんから聞いたところを綜合すると、民さんは日本橋の大きい問屋の生れで、暁星中学三年まで行ったという。そのころから頭が悪くなって、滝の川学園へ預けられた。滝の川学園というのは僕は知らなかったが、いい家の息子で頭のわるいのを教育する所らしい。民さんはそのころの仲間である名士の子供を二三言った。生家は没落《ぼつらく》して、今では妹の嫁ぎ先きが池袋で果物屋をしているのがあるきりだという。
「一度そこへかえりましたが、またここへつれてこられましたよ。妹の家ではね、妹をおかみさんって呼ばされるんです。わたしが頭が悪いもんですからね、都合がわるいってね。わたしは叱られてばかりいましたよ」
 と、民さんは例の溶けるような笑い声で言う。彼はまたその妹の家へやる手紙を書いてくれとたのんだ。母屋へ聞えないようにこっそり言うのだ。
「手紙をち
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