なに陰気な顔をしているのだろう。彼には普通人のようにものを感じる能力があるのだろうか。もしないのだったらどうしてこんな表情をするのだろう。灰色ばっかりを見ているような眼。彼の重たい沈んだ顔に何か動くものがあるのは、喰物を見たときだけだ。彼は何でも喰べ物でさえあれば一瞥《いちべつ》しただけで、ひょいとびっくりしたように立ち上がる。何か直線的なものがそのとりとめのない表情に現われてくる。そわそわと行ったり来たりする。彼は喰べ物をくれる家の奥さんには絶対服従だ。子供のように何度でも欲しがる。どうかすると、一度すましたお椀《わん》だの箸《はし》だのを洗場へ持って行ったかと思うと、またのこのこそれを持って台所へひき返す。
「あら、今喰ったばかりだよ。何という恰好なの、それ」と奥さんは叱りつけながら笑いだす。彼はまたひょこひょこと、それが癖なのだが、ほとんど前のめりにふらつくようにして、食器を持って引き下がる。
彼にはもう一人|苦《に》が手《て》がある。それは民さんだ。民さんは昌さんを晩になると風呂に入れてやったりするし、けっして働こうとしない昌さんを叱りつけて放牧につれて行ったりするが、昌さん
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