来訪をのぞいては、また毎朝近くの家々から牛乳罐を提げた女たちがバタ製造の土間へ集るほかは、この家では何もかものろのろと半ば眠って動いていた。奥さんは時々永いひる寝をするようだった。
「ほんとうに島の女はみんなよく眠りますよ。仕事がないんですからね。眠ってばっかり」
 と、笑いながら言う。
 畑、水汲みの仕事などはおもに正代という小娘がやっていた。よく働く。僕が来たばかりの晩、僕の部屋は家の一等端の広い土間で母屋と区別されているのだが、そこの土間へぬっと入ってきて黙ってお茶の入った薬罐《やかん》をつきだしてくれた。頭を風呂敷のような布《き》れで包んで首の後でしばり、眼のありかがわからないくらいに細くなっている。笑っているのか、もともとそういう顔なのかわからない。この家には震災のとき死んだアナアキストの甥《おい》だか姪《めい》だかにあたる白痴がいると聞いたので、それかと思った。だが正代という娘はそうではなかった。この家にはだいぶ老牛だという種牛が一頭いる。そいつを自由にできるのはこの十六になる娘だけだった。ほかの誰が近づいても危い。血走ったぐりぐりする眼で草を喰《は》んでいるが、人が近づく
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