いが、酒飲みで、そうなるとまるで様子の変る人が時々やってきた。噂では大変な遊蕩児《ゆうとうじ》だという。この医者と養子娘との間は公然の秘密になっていた。お医者さんは鉄砲が好きで、時々パンパンという音が遠くに聞え、それがだんだん近くなると、やがて向うの榛《はん》の木の林から猟犬の駈《か》け下りてくるのが見え、すぐ後からお医者が自転車にのってやってくる。娘さんはもうそのときはたいてい耕地の辺まで迎えに出てくる。時にはさっきまでそこらにいた娘さんが、お医者といっしょに林の方から現われることがある。鉄砲の音は「知らせ」なのかもしれない。僕の眼に映ったお医者さんには、悪い噂とは別に、どこかにむやみと人見知りするような内気さと、良家に育った駄々児《だだっこ》らしいところと、ある目立たない優しさの入りまじったところがあり、一方、子供のときから東京で永い間教育をうけた者が島にいつかされたとなったらこうでもあろうかと思われるような、どこかやり場のない退屈の結果といった緩漫な憂鬱さが感じられた。彼はしばしば猟の獲物を土産に持ってきてくれたので、僕もそのお招伴《しょうばん》にあずかった。
 だが、その医者の
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