いう苦渋《くじゅう》な様子はほんのちょっと現われるだけで、すぐまた、元の陽気な馴々しい「タイメイ」さんにかえるのである。今もそれで、彼はひととおりの身の上話を終ると、少し黙って歩いた後で、いきなり僕の傍から二三歩ぎょうさんにとびのいてみせて、
「ずるいや、あなたは。他人《ひと》にばっかり話をさせて。いやじゃありませんか。少しはあなたのことも話して聞かせるもんです」
 と言うのだった。
 僕はいつの間にか「タイメイ」さんに深い親しみを感じていた。そして、できたら彼と同じ調子で僕の身の上話を聞かせてやりたいと思った。だが、僕という男には自分のことを一種楽しそうな調子で人に話して聞かせることはできないのだった。で、僕はあるすまない感情を覚えながら、彼の話の聞役にまわるよりほかはなかった。もっとも、僕が話しだしたら「タイメイ」さんはきっと中途から自分のことの方へ話を横どりしてしまうだろうが。――
 島めぐりの最初の日は三里ほど歩いて阿古《あこ》村という部落で一泊する予定だった。「タイメイ」さんは路々阿古村の娘たちの話をして聞かせた。ちょうど途中の伊豆村というところで大きい風呂敷で包んだ荷箱を背
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