手に海をひかえた断崖の上に出る。そこは始めに島へ上るとき見た断崖だったが、上から見るとこんなに高かったかと思われるほどだった。浜の部落の屋根がほとんど真上からのように眺められる。ちょっとした切通しを抜けると、そこから先きはこの島の大部分がそうだが、雄山《おやま》からの傾斜面が海に来てきゅうに落ちこむまでのゆるやかな下《くだ》り勾配《こうばい》の地帯で、榛の木の林がいたるところ目につく。路は傾斜の皺々に添ってゆるく曲り曲りしてつづく。若々しい芽のふきでた林の上に微風があたると、いっせいに柔かく小さく揺れるのが見える。ところどころの赤い色の土くずれ。下方にとってもちっぽけに見える行儀のいい、四角な、少し円味《まるみ》をもって盛り上っている畑地。地面を蹴ってとびさえすれば何だか身体が浮くだろうという気のする、軽い、何かしら匂いのある空気。
「タイメイ」さんは、人をそらさない妙な馴れ馴れしい調子でしきりに僕に話しかける。
「これも何かの御縁ですから」と前置きして自分の身の上話をはじめた。彼には女があると言う。その女は以前島の料理屋で仲居《なかい》をしていたんだが、その女と仲よくなったために、そ
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