岸に目をやつた。物音がしたわけでもなければ、気配を感じたのでもない。しかるに、そこの路の曲り角には、まるで符合したやうにその時きらきら光る真新しい自転車に乗つた男が現れたところだつた。
 それは背広姿に、遠目にもはつきりと判る緑色のソフトをかぶつた男であつた。
 この路をそんな恰好で通るのは近くにある営林区署の役人か発電所の技手ぐらゐのものだつた。だが、そのいづれでもないことは、段々近づくにつれて目につくあまり見かけない猪首のやうな肩つきと、自転車のハンドルにしがみついたやうに見えるその円まつちい体躯、それらの印象の与へるひどく不器用な乗り方などによつて、すぐと知ることができた。
 ところが、何の気なしにいつものきよろんとした目つきでその方を眺めてゐた徳次の顔には、その時不意打を喰つたやうな表情が浮かんだ。彼は緊張して眺め、さつと顔を紅らめ、力《りき》んだやうになり、それから急に下こゞみになつて水洗ひの仕事にかゝつたが、明かに上の空だつた。彼は始終落ちつきなく対岸の路を眺めやつた。そしてやはり、紅らんだり力んだりした。
 間もなく彼は、こゝからよりもあの路からの方が、河原で一人で働いて
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