ごとに聞かれてうんざりしてゐる医者となるまでの経歴を、相沢の問ひに答へてぽつりぽつり話さねばならなかつた。
「あれですな、さういふお話をうかゞふと、貴方ほどの努力家は東京に残つて研究をつゞけられた方がよかつたかもしれませんな。よく又、こんな田舎に帰る気になりましたね」
「まあ、生れ故郷ですから」
「私もこれで元は法律書生でしてね。司法官か弁護士試験でも受けるつもりで、神田の私立大学に通つてゐたもんです」
「はあ、それは――」
「先代がぽつくり死にましてね。おかげでこんな所へ引つこむやうになつてしまつたんですが」
「それは惜しかつたですな。私などとちがつて学資の心配はなかつたでせうし」
「いや、それが――」
 と、相沢は口ごもつた。
「別に惜しいほどのことではありませんよ」つづけて、ふいに調子を変へると、
「時に、お宅は鍵屋の分家の後ださうですな。あすこは大分前から空家になつてゐたと聞いてゐましたが」
「さうなんです。ちやうどいゝ案配でした」
「分家の当主は今は、若い人の代で、たしか喜作といふ筈ですが、あれも随分永いこと県外に出てゐるさうですな」
「さうです。農林学校の先生だとかをしてゐ
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