の座蒲団だの、虎斑《とらふ》の桑材で出来た煙草盆などが用意されてあつた。都会地では一時間もかゝらないやうな往診が、この田舎では小半日もつぶされてしまふ、そのくどいもてなしの習慣を知り抜いてゐる房一は、無下《むげ》にも断りかねてそのまゝ坐ると、間もなく和服に着換へた相沢が現れ、その後から銚子を持つた夫人が入つて来た。
このあいと云ふ名の夫人は一度房一にお酌をすると、すぐ呑み乾されるのを待つやうに銚子を両手で抱へて持つてゐた。その様子は、何となく一方を向いたらそれしかできないやうな或る単純な性質を現してゐた。容貌から云つても、彼女は主人の相沢とは正反対であつた。肩が張り、腕も太く、顔も四角だつた。だが、そのごつごつした外形を蔽ふ何かしら間の抜けた感じが彼女の印象を一種親しみ易いものにしてゐた。はじめ、房一が玄関を入つたときもさうだつたが、今も彼女は一言も口を利かなかつた。その代りにすこぶる叮重なお辞儀をしただけである。
房一は酒が不得手だつた。ところが、相沢も家業に似合はず呑めない口と見えて、二人の間には手もつけないまゝで生温くなつた銚子が二三本も置かれてゐた。こゝでも房一はもう会ふ人
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