られると聞きましたが」
「もう河原町へは当分帰る気はないんですかね。貴方にお貸したところをみると」
「さあ、くはしいことは判りませんね」
「すると、何ですか、十年契約といふやうなことにでもなすつたんですか」
「いや、そこまで確かなことにはしませんでしたが」
「はあ、なるほど」
 この時ふと、房一は、何故こんなに相沢が立入つて訊くのか、といふ疑ひを持つた。だが知り合ふとすぐまるで親類か何かのやうに世話を焼きたがる河原町の人達の癖は、房一も家の造作のときにも、その後にも一再ならず見て知つてゐた。
 間もなく房一は別れを告げ、庭前で又馬の前に立つて二三の話をし、相沢の家を立去つて行つた。相沢のやうな家を患家に持つことは、十軒もの小患家を得たに匹敵すると、ひそかに満足しながら。そして、今日のもてなし方から考へると、医者として十分好意を与へたにちがひない、といふことにも満足しながら。

   第二章

     一

 河原町の部落がそれに沿つて長く伸びてゐるあの川は、この附近では単に吉川と呼ばれてゐるが、町の少し上手では二つの支流を合したものとなつてゐるので、それにも各々ちがつた名がついてゐた
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