。そこでは水は泡こそたてなかつたがよく見ると縞のやうな流線を造つて速く流れてゐた。房一たちはその岩の背に匍《は》ひ上つては水の中に滑り滑りしてゐた。上流では町場の者等が泳いでゐたが、彼等は諜《しめ》し合はせていつのまにか流を泳いで下り房一たちの場所に襲つて来た。意味のない叫声や、水沫や、それらが入り混じつてゐるうち、彼等は房一の足を水中に引き、頭を押へつけにかゝつた。他の者はいつか岸辺に匍ひ上つて、遠くから房一の追ひまはされるのを心配さうに眺めてゐた。およそ日焼けした小さな裸体の群の中でも房一の身体がよく目立つた。岩に匍ひ上り、水に跳びこみする彼の黒い皮膚が水に濡れて日を浴びきらめいて見えた。そのうち彼は姿を消した。やがて、岸にゐる者の眼には、彼がはるか下流の水面にぽつくりと頭をもたげたのが認められた。彼等はそのとき始めて歓声を上げた。そして、思ひついたやうに石を拾つて河の中の敵に投げはじめた。房一はそのとき対岸に上つてゐた。岸に立つて首をたれ、ぶるぶるつと身体を顫《ふる》はしたかと思ふと、水を吐いた。それから、上手に新しくはじまつた合戦を一瞥すると、それはまるで他人事《ひとごと》のや
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