ないと見てとると、急に嘲弄したり、又は機嫌買ひの微笑をする。それでもきよとんとして相手を眺める。しかし、その瞬間彼は一心に胸を張りつめて相手の隙を狙つてゐるのだ。隙がみつかるや否や、彼は突然躍り上るやうにして相手にとびかゝる。そして必らず上背のある相手の顎を狙ふ。むつちりした弾力のある真黒な拳固を突きやつて、その次の瞬間にはもう一二間向ふの方へ走つて逃げてゐる。走りながら一撃を喰はしてゐるのだし、走力が拳固に力を加へてゐるわけだつた。そして相手があつと声を上げて立ち悚《すく》むか、あるひは身構をしたときには房一はもうはるか彼方を点のやうに小さく一散に走つてゐるのだつた。
彼のかういふ復讐が完全に成功した後、又町側の子供等からの復讐が企まれた。それは夏の頃で、河では水泳ぎがはじまつてゐた。子供達の仲間々々によつて河もその泳ぎ場所がきめられてゐた。町場の者は稍|上手《かみて》の大きい岩のある淵のあたりで、房一たちの組はその下手《しもて》の淵からゆるやかに流れ出た水が、次第に急に流れはじめる一帯の、やはり岸には大きな岩があつて、流れの中央に僅かに水面から滑めらかな背を露はしてゐる岩があつた
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